大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)4号 判決 1964年4月23日

原告

東洋高圧株式会社

右代表者代表取締役

石毛郁治

右訴訟代理人弁理士

古谷東太

被告

特許庁長官

佐橋滋

右指定代理人通商産業事務官

鈴木茂

主文

昭和三〇年抗告審判第一、九〇三号事件について

特許庁が昭和三四年一月二七日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告代理人は主文同旨の判決を求める旨申し立てた。

第二、請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和二九年一二月一六日「遅効性新合成窒素肥料製造法」なる発明につき特許出願をしたが(昭和二九年特許願第二七、四一六号、なお発明の名称は、後に「遅効性合成窒素肥料製造法」と訂正した。)、昭和三〇年七月三〇日拒絶査定を受けたので、同年八月三一日抗告審判の請求をした(昭和三〇年抗告審判第一、九〇三号)。そして、昭和三三年三月三〇日出願公告の決定がなされ、同年八月三〇日出願公告をみるに至つたところ(昭和三三年特許出願公告第七、六六二号)、訴外住友化学工業株式会社から特許異議の申立があり、特許庁において審理の結果昭和三四年一月二七日右特許異議の申立を理由あるものとする旨の決定および前記抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決書謄本は同年二月五日原告に送達された。

二、審決は、本件発明の要旨を明細書中特許請求の範囲の項に記載されているとおりの遅効性合成窒素肥料製造法にあるものと認めたうえ、特許異議申立人である訴外会社が本件発明の特許出願前国内に頒布された刊行物として提出した米国特許第二、五九二、八〇九号明細書(以下第一引用例という。)・フランス特許第九五六、四五九号明細書(以下第二引用例という。)およびジヤーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエテイ第七三巻(一九五一年)第二七三五頁―二七三八頁)(以下第三引用例という。)を引用し、まず本件発明の方法と第一引用例記載の方法とを比較し、両者はあらかじめ微アルカリ性としたホルマリンに固体尿素を反応させて生成物を濾過することなく単に乾燥することにより合成窒素肥料を製造する点において一致し、ただ、(1)尿素対ホルムアルデヒドのモル比および(2)その使用する縮合触媒を異にするにすぎないとし、(1)右の点に関しては第二引用例に尿素対ホルムアルデヒドのモル比を本件発明の方法と同様二以上として縮合させることにより窒素肥料を製造することが記載されており、前記(2)の点に関しては第三引用例に尿素とホルムアルデヒドを縮合させるのにアンモニウム塩を触媒とすることが記載されているから、本件発明の方法はそれらの引例の記載から容易に推考し得べき程度のものにすぎないと認定し、本件発明は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条所定の特許要件を具備しないものであると判断しているのである。

三、しかしながら、右審決は、次に述べるように判断を誤つた違法があるので、取り消されるべきである。

(一)  本件発明の要旨は、明細書中特許請求の範囲の項に記載されているとおり、「濃度八〇―一〇〇%の尿素液と予めアルカリを添加して微アルカリ性となしたホルマリンとを、ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比二―一〇の割合で中性アンモニウム塩を触媒として、反応させることを特徴とする遅効性合成窒素肥料製造法」に存する。すなわち、(1)濃度八〇―一〇〇%の尿素液を用いること、(2)あらかじめアルカリを添加して微アルカリ性としたホルマリンを用いること、(3)ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比を二―一〇の割合とすることおよび(4)中性アンモニウム塩を触媒として両者を反応させることを必須の要件として組み合わせたものであつて、肥料用尿素ホルムアルデヒド縮合物すなわちいわゆるウレアホルムの製造法に関するものである。

(二)  元来、ウレアホルムの製造法は、「稀薄溶液法と濃厚溶液法との二方法に大別することができ、前者は、濃度四〇%以下の尿素溶液を使用し、これにホルマリンを加え酸触媒を使用して反応させると、反応生成物は沈澱物として生ずるので、これを濾過して母液から分離し洗滌乾燥して製品とする」方法であり、後者は、「濃度八〇%以上の尿素溶液を使用し、これにホルマリンを加え、酸触媒を使用して反応を行なわしめ、反応溶液全体を固化し、これを乾燥粗砕して製品とする方法」である。第一引用例記載の方法は後者の代表的なものであり、第二引用例記載の方法は前者の代表的なものである。

(三)  しかし、稀薄溶液法は、(イ)反応生成物の粒子が細かいため、その濾過作用が困難であること、(ロ)濾過後の母液に残存する相当多数量の未反応尿素等を利用するため母液の循還使用を必要とするが、その操作が煩雑であること、(ハ)殊に、反応を行なわせる際の溶液と反応生成物とで尿素とホルムアルデヒドとの分子比が異なるため、母液の循還使用に際し、尿素とホルムアルデヒドとの分子比の調整操作を要すること、(二)反応時間が長く、完結まで約四八時間もかかること、(ホ)触媒として使用した酸が濾過後も残り、その一部が製品にも移行するので、残留酸の中和操作が不可欠となること等の欠点を有するので、工業的実施に適しない。一方、濃厚溶液法は、稀薄溶液法における前記(イ)ないし(ニ)の欠点を解消したものであるが、やはり酸触媒を利用するため、製品中に使用酸が移行することを免れない。また、この方法では、反応完結に要する時間は極めて短時間となるかわりに、反応生成物中に生成されを縮合物は、3メチレン4尿素およびそれ以上の高縮合物を多く(縮合物中の三〇%以上)含有することとなる。ところが、高縮合物は、極めて難溶性であるため、施肥後長期間(六ケ月位)にわたり漸次分解して肥効を奏するもので、これは多年生作物の肥料としては適するけれども、本邦の一般作物である一年生作物に施用するには、肥施の発現が遅きにすぎ、十分な効果が得られない。

(四)  本件発明は、工業化を容易にするため第一引用例の方法と同様に濃厚溶液法の利点を保有しながら、しかも第二引用例の方法による製品と同様に、メチレン2尿素および2メチレン3尿素を主体とし、3メチレン4尿素以上の高縮合物の生成を最小限に抑えた製品すなわち一年生作物に適する合成窒素肥料を得る方法につき研究を重ねた末達成したものである。すなわち、本件発明の方法においては、ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比を二―一〇とし、中性アンモニウム塩を触媒として使用する結果、中性アンモニウム塩がホルムアルデヒドと反応して徐々に酸を放出し、この酸が極めて穏かな触媒作用を営み、主としてメチレン2尿素および2メチレン3尿素を生じ、3メチレン尿素およびそれ以上の高縮合物の生成を多くとも一〇%以下に抑えることができる。そして、メチレン2尿素および2メチレン3尿素は適当な溶解度を有し、これを主成分とする肥料は、施肥後大体三〇日位で分解し肥効を奏し、本邦の一年生作物に施すのに極めて好適である。(尿素対ホルムアルデヒドの分子比を右の限定値の範囲よりも小ならしめるときは、たとえ中性アンモニウム塩を触媒として緩徐な反応を行なわせようとしても、3メチレン4尿素以上の難溶性の高縮合物が多量に生成され、また逆に右範囲より大ならしめるときは、製品中に未反応の尿素が大部分を占める結果となり、遅効性窒素肥料としての効果が殆んど認められず、本発明の目的にそわないものとなる。)しかも、中性アンモニウム塩を触媒として使用するため、製造工程中で製品に残留する酸の中和という操作を省略することができるのである。

(五)  第一引用例記載の方法が従来の濃厚溶液法の代表的なものであることは前記のとおりで、同引用例の方法は、あらかじめアルカリを加えて微アルカリ性としたホルマリンを用いることおよび反応生成物を固形物として生ぜしめることにおいて、本件発明の方法と共通性を有する。しかしながら、同方法にあつては、尿素対ホルムアルデヒドの分子比が一三―一六であり、〔尤も、第一引用例中には、前記分子比を変えて、より速効性の製品を得ることができることも極く抽象的に記載されているが、他面右分子比を特許請求の範囲(一三―一六)以外にした場合には有用な化合物が得られないことを示唆しているのである。〕且つ触媒として酸を用いるのに対し、本件発明の方法にあつては、右の分子比が二―一〇であり、また触媒として中性アンモニウム塩を用いることの二点において相違し、その結果製品の組成・効用を異にするばかりでなく、反応後の中和工程の要否の点においても相違している。第一引用例の方法による製品はスラリー状で得られるので、その中和操作は、これを円滑に実施するには非常な困難を伴うのであるが、この中和操作の工程を省略すれば、貯蔵中に縮合が進み、組成が不安定となるのを免れない。これに反し、本件発明の方法による製品の場合は、この煩雑な中和工程を省略しても、安定した貯蔵性を有するのである。

なお、第一引用例記載の反応条件は、酸を触媒として使用するため、反応が急速に進行する。そこで、反応時間を一〇―二〇〇秒というような短時間に制限し、且つ反応停止剤として炭酸石灰またはアンモニア等のアルカリ物質を使用して反応の終結を図らないと、高縮合物の生成量が必要以上に増大する。換言すれば、急激に尿素とホルムアルデヒドとを反応せしめる工程を時間の制限と中和剤の使用により制御するという方法をとるのであるが、その制御のためには周到で且つ熟練した管理が必要となり、ややもすれば、製品中一方に高縮合物が生成されるとともに、他方に未反応尿素が残存するというような不均一な反応となり易い。これに反し、本件発明の方法では、中性アンモニウム塩を触媒として使用することによつて反応速度を調整し、徐々に二〇―四〇分間で反応を行なわしめ、全体をよく攪拌するのみで容易に均一な所望の製品が得られるのである。以上のように、本件発明の方法は、第一引用例記載の方法との間に重大な相違点を有しているのであつて、右引用例の記載から容易に推考し得るようなものではない。

(六)  次に、本件発明の必須構成要件の(3)すなわちホルムアルデヒドに対する尿素の分子比について、第二引用例中にこれと大体類似した数値が記載されていることは事実である。しかしながら、同引例記載の方法はいわゆる稀薄溶液法に属し、濃厚溶液法による本件発明の方法との間に根本的な差異があることは前記のとおりであり、したがつて、同引例の記載から本件発明における尿素対ホルムアルデヒドの分子比が容易に推考できるとこうことはできない。

(七)  さらに、審決は、中性アンモニウム塩を触媒として使用することについては第三引用例に記載されているとしているけれども、同引例は単に尿素とホルムアルデヒドを混合した後直ちにpHを所要の値に調節するに当つて、苛性ソーダもしくは硫酸を加えるか、または尿素に少量のアンモニアもしくはアンモニウム塩を加えることを行なつたところ、後者の場合には混合の後pHが約五に低下し、反応が進むにしたがつてそのpHはさらに低下したということを示しているにすぎない。それは、単に尿素とホルムアルデヒドとの縮合反応に関する動力学的研究についての記述にすぎず、肥料の製造とは無関係の記述であるからこれを第一引用例記載の肥料製造法と関連されることはできない。

なお、本件発明にいう中性アンモニウム塩とは、塩の水溶液が中性という意味ではなく、実施例にも示しているように、酸の水素イオンを全部塩基で置換したものを指すのである。したがつて、水溶液のpHには、アンモニウム塩の種類によつて若干の差異がある。しかし、本件発明の方法において使用する各種の中性アンモニウム塩がそれぞれその中性度を異にしていても、その示す中性度によつて反応が進行するのではない。すなわち、あらかじめアルカリを添加して微アルカリ性としたホルマリンを尿素溶液に加え、これに中性アンモニウム塩の水溶液を触媒として加えた場合、その混合直後にはほぼ中性附近のpHを示すはずであるが、ホルムアルデヒドと中性アンモニウム塩との反応が起つて徐々に酸を放出し、その酸の触媒作用によつて尿素とホルムアルデヒドとの反応が進行するのである。本件発明の方法における中性アンモニウム塩の作用は、平面的静的な反応液のpH調整にあるものではなく、混合直後にはおそらく中性に近い条件の反応液が、ホルムアルデヒドと中性アンモニウム塩との反応によりpHの低下を生ずるのであるが、その低下の速度すなわち動的条件がウレアホルムの縮合に非常に都合のよい条件で高縮合物の生成を避け得るのである。本件発明は、この理を発見し、これを合成窒素肥料の製造に応用したところに重要な意義が存するのであり、しかもまた触媒として中性アンモニウム塩を使用する結果第一・第二引用例の製造法と異なり煩雑な中和工程を省略し得ることは前記のとおりである。

(八)  ウレアホルムの製造の研究が最も進んでいる米国その他においても、製造条件に特徴があれば、新規性を認め特許すべきものとされており、一九五六年一〇月に特許された米国特許二、七六六、二八三号その他の実例がある。ウレアホルムの研究が未だ揺籃期にあり、条件の組合せにより如何なる効果を生ずるかが一般に知られていないわが国においては、なおさら右と同様に取り扱われるべきである。しかも、前記外国特許の明細書その他の文献においても、製品の内容組成分を解析的に解明し得ず、溶解度だけで区別しているのが現状であるが、本件の発明の発明者は、X線解析法の応用により組成分の解析に成功し、この技術と従来の溶解度測定法とを組み合わせることにより始めて反応生成物の組成を推定し、本件発明を完成したものである。

(九)  以上のとおりで、本件発明は審決に示された第一ないし第三引用例の記載から容易に推考し得るというようなものでなく、十分特許に値するものというべきであるのにかかわらず、その特許性を否定した本件審決は判断を誤つた違法があるといわねばならない。

第二、答弁

被告代理人は、請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因に対し次のように述べた。

一、原告主張の一、二および三の(一)の点は認める。三のその余の主張のうち稀薄溶液法と濃厚溶液法に関する一般的な見解については争わないが、本件発明の特許性に関する見解についてはこれを争う。

二、(一)本件発明の肥料製造法は、原告主張のように、(1)濃度八〇―一〇〇%の尿素液を用いること、(2)予めアルカリを添加して微アルカリ性としたホルマリンを用いること、(3)ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比を二―一〇の割合とすること、(4)中性アンモニウム塩を触媒として右両者を反応させることの四箇の必須要件から成り立つているのであるが、右(1)・(2)の要件については第一引用例の米国特許明細書に記載されており、このことは原告も認めているところである。

(二) 原告は、本発明の方法と右第一引用例記載の方法とは先ず前記(3)の点について相違する旨主張している。なるほど、第一引用例記載の方法は、尿素対ホルムアルデヒドの分子比を本件発明のように二―一〇にするものではない。しかし、同引例には、尿素対ホルムアルデヒドの「分子比を一、三対一にすると利用指数が低下しすぎるし、また一、六対一以上にすると製品の不溶性が低下しすぎる」旨明記してあり、この記載は、換言すれば、尿素対ホルムアルデヒドの分子比が一に近くなると不溶性が増加し、一より大となるにしたがつて可溶性が増大することを示すものである。なお、右引例には、右の記載に引き続き、化学方程式をもつて、その製品は本件発明の方法による製品の含有成分と同一である2メチレン3尿素を含むものであることを明らかにし、さらに尿素対ホルムアルデヒドの分子比をより高くすることが有益であることをも指摘している。第一引用例記載の方法において尿素対ホルムアルデヒドの分子比一・六以下一・三以上としたのは、その目的とする肥料の肥効の速度を考慮したことに基くものであり、このことは同引例の他の記載からみても明瞭である。したがつて、右引例の特許請求の範囲に掲げられた方法による製品よりもさらに速効性の肥料を得ようとする場合には尿素対ホルムアルデヒドの分子比を増大すればよいということは、同引例の記載自体からも容易に想到し得るはずである。そして、その分子比を二以上とした具体的引用例として、審決はすなわち、本件発明の方法における前記(3)の要件については、第一引用例により示唆が与えられており、しかも第二引用例にその具体例が示されているものといえる。

(三) 次に、本件発明の必須要件(4)については、第三引用例に尿素とホルムアルデヒドを縮合させるのにアンモニウム塩を使用することの記載があり、このアンモニウム塩と本件発明の方法において使用する中性アンモニウム塩とは均等物である。その作用について、本件発明にあつては、明細書に「ホルムアルデヒドと反応して徐々に酸を放出」云々と説明されており、右引例においては酸性度の調節として説明されているが、結局同一の事象について異なつた表現がなされているにすぎない。本件発明においては、尿素とホルムアルデヒドの混合溶液をアルカリ性としているから、これでは両者が反応しないことは自明の理であり、そのためこれを酸性にする手段として中性アンモニウム塩を添加したにすぎないのであつて、ホルマリンとアンモニウム塩とを反応させるとウロトピンが生じ酸が遊離するということはよく知られているところである。前記混合溶液を酸性とするものであれば、触媒として何を使用してもよいのであつて、第一引用例においても、触媒として塩酸・硫酸等の酸を列記し、さらに酸性焦性燐酸曹達でも触媒として使用し得ると記載し、触媒の種類に関してはあまり詳しく記載していないのに反し、そのpH価については相当詳細に論じていることからみても、重要なのはそのpH価であることが理解される。原告は中性アンモニウム塩の使用につき特殊の効果があるように主張しているが、それは反応液の液性を酸性側に移動させる効果すなわちpH調節の効果しかないのであつて、その外になにも特殊の効果があるわけではない。本件発明の方法において使用する各種のアンモニウム塩はそれぞれその中性度を異にしていることからみても、pH調節以外になんら触媒としての作用をしていないことが理解される。

なお、原告は、第三引用例の記載は尿素ホルムアルデヒド縮合物である肥料の製造法に関するものでないと主張するけれども、尿素とホルムアルデヒドを縮合させる場合にアンモニウム塩を使用することに関するものである点は本件発明と同じである。尿素ホルムアルデヒド縮合物の製法が問題となるのは、その縮合物が尿素樹脂肥料すなわち本件発明の方法によるものと同一範疇に入る肥料として工業上重要であるからに外ならない。したがつて、右の引例が本件発明に無関係であるとする原告の主張はとうてい首肯できない。

(四) さらに、原告は、本件発明の方法は、稀薄溶液法による第二引用例の方法に伴う欠点を除去し、しかも濃厚溶液法を採る第一引用例の方法では得られない肥料を製造し得るものであると主張する。しかし、濃厚溶液反応の方法を採用すれば、稀薄溶液法に伴う濾過操作を省略し得るというような利点のあることは、第一引用例においても当然のこととしているのである。また、同引例の方法によつて製造した肥料と本件発明の方法によつて製造した肥料とでは、組成分に多少の相違のあることは争わないが、第一引用例には、「大抵の用途には不溶性窒素が六〇%含有されねばならず、このうち五〇%は六箇月以内に植物の営養分として利用され得るもの」すなわち肥効を呈するものでなければならぬことや、尿素ホルムアルデヒド縮合物の肥料は、血粉・タンケージの代りに使用できるものであつて、特定時に全部利用されるものではなく、植物の生育期間中を通じて徐々に利用されるものであることを記載しているところからみて、肥効を呈する速さは両者大同小異と認めるのが相当であり、いわゆる遅効性肥料として同一のものとみて差支えないものと考えられる。他方、本件発明の方法による製品は、第二引用例記載の内容を実証したにすぎない程度にまでよく一致していることは、双方の明細書を一読すれば明瞭である。

(五) 以上のとおり、本件発明の方法は第一ないし第三引用例の記載から容易に推考実施し得べき程度のものにすぎず、その特許性を否定した本件審決にはなんらの違法もない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告主張の一、二および三の(一)については当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第三号証(特許出願公告公報に記載された本件発明の明細書)および右争いのない事実によれば、本件発明の要旨は、「濃度八〇―一〇〇%の尿素液と、予めアルカリを添加して微アルカリ性となしたホルマリンとを、ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比二―一〇の割合で中性アンモニウム塩を触媒として、反応させることを特徴とする遅効性合成窒素肥料製造法」にあり、すなわち、(1)濃度八〇―一〇〇%の尿素液を用いること、(2)あらかじめアルカリを添加して微アルカリ性としたホルマリンを用いること、(3)ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比を二―一〇の割合とすることおよび(4)中性アンモニウム塩を触媒として両者を反応させることを発明の構成要件とするものであることが認められる。(なお、前記甲第三号証によれば、右中性アンモニウム塩に当るものとして、塩安・硝安・硫安等を使用するものとされていることが認められる。)

三、そこで、本件審決において右発明が旧特許法第一条所定の特許要件を具備することを否定するにつき引用した原告主張の第一ないし第三引用例(これらが本件発明の特許出願前国内に頒布された刊行物であることは後記乙第一、二、三号証に押捺されている特許庁陳列館の受入印、発行年月日その他口頭弁論の全趣旨によつて認められる。)の記載から右発明が容易に推考し得るものであるか否かについて検討する。

(一)  まず、成立に争いのない乙第一号証(米国特許第二、五九二、八〇九号明細書)によれば、同明細書は、「ホルムアルデヒドに対する尿素の分子比が一・三―一・六の割合で混合している水溶液を移動面上にインチの厚さを形成するのに十分な割合で連続的に注加し、摂氏六〇―一二度の温度で、しかもpHが二―六の状態で反応させ、尿素ホルムアルデヒド組成物が固化の状態になれば、連続的に該移動面から固化製品を取り出すことにより遅効性合成窒素肥料を製造する方法」の発明に関するものであり、その説明としての記載事項中には、尿素液の濃度の点およびあらかじめホルマリンを微アルカリ性としておく点に関して本件発明の構成要件(1)、(2)と大体同旨の記載部分があることが認められ、これらの点については、原告も格別差異のあることを主張していない。しかし、同引例の採用している尿素対ホルムアルデヒドの分子比は一・三―一・六であることは前記のとおりであり、また右乙第一号証によれば、右引例においては、触媒として硫酸・塩酸・燐酸・蟻酸のような酸および酸性ピロ燐酸曹達のような酸性塩を使用するものである旨の記載があることが認められ、したがつて右引例の方法と本件発明の方法とでは、後者の構成要件(3)、(4)の点において相違するものということができる。

(二)  そこで右相違点のうちホルムアルデヒドに対する尿素の分子比の点について考えてみるのに成立に争いのない乙第二号証(フランス特許第九五六、四五九号明細書)によれば、第二引用例は、塩酸および硫酸のような縮合剤すなわち触媒の存在下に尿素とホルムアルデヒドを反応させて合成窒素肥料を製造する方法の発明に関するもので、原告主張のいわゆる稀薄溶液法を採用しているものであること、同明細書には、右反応によつて得られる合成樹脂肥料の特性を、殊に水への溶解―したがつて農業的特性―の見地からみて条件に合つたものにするのは尿素対ホルムアルデヒドの比率であること、これを二以上にすれば製品における窒素の割合が四〇%前後になるが、右比率が過剰になると比較的溶解性で尿素自体に近い樹脂となること、また右比率が小さくて二に近いと不溶性の製品が得られること、熱帯地方の耕作特に米作に適した肥料とするためには、原料中におけるホルムアルデヒドに対する尿素の分子比を二―六にするとよい旨の記載があり、なお右分子比が八にあたる実施例も記載されていることが認められる。そしてこのことと、第二引用例の場合においても、適当な溶解度を有しメチンレ2尿素、2メチンレ3尿素を主体とする製品が得られることは原告も認めていることおよび乙第一、二号証によれば尿素対ホルムアルデヒドの分子比が製品の組成を左右する最も重要な因子であるとする点において第一、第二引用例の記載が一致しており、したがつてこの点に関しては濃厚溶液法の場合も稀薄溶液法の場合もほとんど変りがないものと認められることを合せ考えれば、前記のような組成の製品を得るため尿素対ホルムアルデヒドの分子比を二―一〇とするようなことは、第一、第二引用例の記載から当業者が容易に推考し得るものと認めるのが相当である。

(三)  よつて進んで、本発明の方法と第一引用例の方法との第二の相違点すなわち本件発明の構成要件(4)の点について考察する。

1、この点に関し、原告が本件発明の重要な効果として主張するところは、初めから直接に酸を触媒として使用せず、中性アンモニウム塩を使用する結果、これとホルムアルデヒドとが反応して徐々に酸を放出し、この酸が極めて穏かな触媒作用を営むことになり、(イ)第一引用例の場合のように縮合反応が急激に行なわれることを阻止し、縮合反応の不平均を避けるとともに、(ロ)尿素対ホルムアルデヒドの分子比を二―一〇とすることと相俟つて高縮合物の生成を最少限に抑えることができ、しかも(ハ)反応後、製品の酸中和工程を省略し得るということである。

2、しかし、前記(二)で述べたところと、原告自身もその主張の中で、尿素対ホルムアルデヒドの分子比を特許請求の範囲で定めた数値よりも小または大ならしめるときは、中性アンモニウム塩を触媒として使用しても、高縮合物が多量に生成されたり製品中に未反応の尿素が残り所期の結果を得られないことを自ら認めていることを総合すれば、本件発明の方法によつて尿素ホルムアルデヒド縮合物中に3メチンレ4尿素以上の高縮合物の生成を少なくすることができるのは、主として尿素対ホルムアルデヒトの分子比を二―一〇とすることによるものであることが認められるので、前記(ロ)の作用効果を中性アンモニウム塩の使用から生ずるものとするのは相当でないと考えられる。

3、次に、前記(イ)の点についてみるのに、乙第一号証によれば、酸触媒を用いて尿素とホルムアルデヒドを縮合させてメチンレ尿素類を生成させる場合に、その反応に要する時間は反応条件の選択によつてかなり変化するものであり、温度の増加、酸性度の増加、供給物の水含有量の減少、ホルムアルデヒドに対する尿素のモル比の減少等はすべて反応時間を減少させる作用をなすこと、反応液中の酸濃度はそれが高ければ高いほど反応の進行が速くなることが認められる。そして、尿素とホルムアルデヒドとの反応の際に中性アンモニウム塩を触媒として使用すれば、右反応は結局酸性領域のもとに行なわれることになるものであることは明らかであり、本件発明の方法において中性アンモニウム塩を使用するのも、結局一種の酸触媒の使用に外ならないものということができる。したがつて、この場合の反応速度は、反応液の温度・酸性度・ホルムアルデヒドに対する尿素のモル比等前記の反応条件と相関関係にあり、たとえ中性アンモニウム塩を触媒として使用しても、他の反応条件とともに混合溶液のpH(酸性度)を適度に調整するのでなければ、所期の反応速度とならず、原告主張の前記(イ)の効果は得られないものと考えられる。それゆえ、単に中性アンモニウムを触媒として使用しさえすれば、右(イ)の効果が得られるかのように解される原告の主張は、にわかに首肯しがたいところである。

4、そこで、(ハ)の中和工程省略の点について考察するに、第一引用例においては酸または酸性塩を、第二引用例においては酸を、それぞれ触媒として使用することは前記のとおりであるが、乙第一号証によれば、第一引用例の方法において製品を貯蔵性のよいものとするためには製品を六もしくはそれ以上のpHに中和することが必要である旨記載されていることが認められる。乙第二号証には特に第二引用例の方法における中和工程に関する記載の存することは認められないが、本件発明の出願公告公報である甲第三号証によれば、本件発明の方法においては第二引用例に伴う右中和工程の煩雑な操作を省略し得る旨を明細において強調しており、本件発明の実施例の記載中にも、本件発明の方法による製品はこれを湿つた空気中に放置した場合においても容易に固結しない(実施例1、2、4において水分がそれぞれ一五%、五%、二%の場合につき記載されている。)結果を得た旨記載されていることが認められる。そして、右明細書による出願が公告されていることと、本件発明の右効果につき審査および抗告審判の段階において特に争われたことを認めるに足る資料も存しないことに本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、第二引用例においても第一引用例の場合と同様に反応後酸中和工程を要することは被告において明らかに争つているものとは認められないところであり、また前記甲第三号証の記載に徴し、他に特段の反証の存しないかぎり、本件発明の方法において酸中和工程を省略してもなお製品の貯蔵性を害しないとの効果が得られることは、これを根拠のない主張であるとして、にわかに排斥しがたいものといわねばならない。

ところで、成立に争いのない乙第三号証によれば、審決の挙示する第三引用例には、尿素とホルムアルデヒドとの反応に関する動力学的研究の報告文が掲載されており、その中に、尿素およびホルムアルデヒドの各水溶液の混合直後におけるpH価の研究において、尿素に少量のアンモニアもしくはアンモニウム塩を加えた場合には、pHは約五に低下し、反応が進行するにしたがつてpHはさらに低下することが認められた旨の記載のあることが認められる。審決は、本件発明の構成要件(4)すなわち触媒としての中性アンモニウム塩使用の点につき右刊行物を引用しているのであるが、その趣旨は、尿素とホルムアルデヒドの混合溶液の縮合反応を生ぜしめるためには、その反応が酸性下においてなされるようにすることが必要であり、本件発明において中性アンモニウム塩を使用するのは、要するに右混合溶液が酸性になるようにpH価を調節するにあるのであるが、中性アンモニウム塩を使用することによつても右pH価調節の目的を達し得ることは、第三引用例において右中性アンモニウム塩と均等であるアンモニウム塩につきすでに明らかにされているのであるから、右の点には格別発明力を要するものはない、というにあることは、本訴における被告の主張に徴して明らかである。しかしながら、右の引例は、直接ウレアホルム肥料の製造に関するものでないのは勿論、触媒としてアンモニウム塩を使用することにより縮合反応の結果得られる製品の貯蔵性を害することなしに酸中和工程を省略しる得ことを示唆するようななんらの記載もないことは、前記乙第三号証によつて明らかである。また、第一おび第二引用例の方法と対比し同じ原料混合溶液で同じく酸性下において縮合反応を生ぜしめるのに、触媒として酸または酸性塩を使用する方法と中性アンモニウム塩を使用する方法とで前記のような効果上の差異を生ずることが、特に引例をまつまでもなく、当業技術者において当然推考し得べき程度のものと認めるべき根拠もない。以上に述べたところからみれば、本件発明の方法によつて、煩雑な製品の酸中和操作を不要とする効果を得べきことにつき、これを否定すべき適切な根拠の存しない以上、本件発明の方法は、その出願前公知の技術から予測しがたい効果を有するものであり、これにより従前のウレアホルム肥料製造法における欠点を除去したものとして、審決が挙示している引用例の存在にもかかわらず、旧特許法第一条所定の特許要件を具備するものとするに妨げないものと認めるのが相当である。

してみれば、本件発明において原告が重要な効果としている右の点につきなんら考慮を払うことなく触媒としての中性アンモニウム塩使用の点につき、単に前記第三引用例を挙示するのみで、他に首肯すべき根拠を示すこともなく、その特許価値を否定し、本件発明の特許を拒絶すべきものとした審決は、違法たるを免れないものというべきである。

四、以上の理由により、右審決の取消を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官山下朝一 多田貞治)

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